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採択公募研究のご紹介①
地球型系外惑星の直接検出を目指した観測装置「SPLINE」の開発
村上 尚史(北海道大学)
1. 研究背景
1995年の第一発見以来,主に間接的な観測手法により,800個以上の系外惑星が発見されている。近年では,数~10木星質量の巨大惑星の像を直接捉えたとの報告がなされるなど,系外惑星研究は新たな展開を迎えている。系外惑星からの光を直接検出することができれば,分光測定などの詳細な分析により,惑星大気の組成や表層環境などの情報が得られると期待される。しかしながら,系外惑星の直接検出における大きな問題は,明るい主星の光が微弱な惑星の観測を妨げてしまうことである。したがって,圧倒的に明るい恒星光を除去する「高コントラスト観測」(図1)が必要不可欠である。
図1:高コントラスト天体観測による系外惑星の直接検出の模式図。圧倒的に明るい恒星のみを,特殊な技術で除去する。
我々は,来る地上超巨大望遠鏡時代に向けて,強力に恒星光を除去する高コントラスト観測装置の研究開発を進めている。Thirty Meter Telescope (TMT) など,将来30m級望遠鏡の圧倒的な解像度と集光力を活かすことにより,恒星の内側領域で低質量の惑星の直接検出が期待される。これにより,ハビタブルゾーン(惑星が液体の水を保持できるような軌道範囲)に存在する地球型惑星,究極的には生命痕跡の発見への道が拓ける。
将来30m級望遠鏡では,多数の六角形の鏡からなる複合主鏡が検討されている。このような望遠鏡に対して有効な高コントラスト観測装置として,シアリングナル干渉計が提案されている [1]。この方法は,打ち消し合う光波干渉(ナル干渉)を利用することで恒星光を除去する(図2)。
図2:2光波の干渉。(上)強め合う干渉と,(下)打ち消し合う干渉(ナル干渉)。
シアリングナル干渉計の原理を図3に示す。シアリングナル干渉計は,望遠鏡主鏡で集めた光を2つに分離し,片方の光波に対して位相をπだけシフトさせ,さらに片方の光波を横方向にシフトさせて干渉させる。これにより,観測装置に垂直に入射する恒星光はナル干渉が生じて除去される。一方,観測装置に斜めに入射する惑星光は,横シフトにより2光波間に光路差が発生するため,ナル干渉が生じることなく検出される。
図3:シアリングナル干渉計の原理。
2. 共通光路シアリングナル干渉計SPLINE
我々は,サバール板を用いたシアリングナル干渉計SPLINE (Savart-Plate Lateral-shearing Interferometric Nuller for Exoplanets) を提案している(図4)[2]。サバール板とは,方解石などの複屈折結晶からなる偏光分離素子であり,直交する2偏光を分離・横方向にシフトし,入射光と同方向に出射する。SPLINEは,サバール板を2枚の偏光子で挟んだだけのシンプルな構成であり,偏光干渉の性質を利用して恒星光を除去する。図4aの2光波SPLINEは,点光源とみなせる恒星を理論上完全に除去できる。しかしながら,実際の恒星は点光源とは見なせず,有限のサイズをもつ。大きな恒星は,2光波SPLINE出力をさらに直交方向にシフトさせて干渉させる4光波SPLINE(図4b)を用いることで,効果的に除去することができる。
SPLINEの利点は,光学系がシンプルで且つ安定な干渉出力を得ることができる点である。また,恒星光の除去が観測波長に依存しないため,系外惑星の直接検出だけでなく,分光測定による大気組成の解明にも極めて有利である。
図4:サバール板を用いたシアリングナル干渉計(SPLINE)の原理。
(a)x方向にシフトさせた2光波SPLINE,および(b)x,y方向にシフトさせた4光波SPLINE。
3. SPLINEの室内実証実験
我々は,4光波SPLINEシミュレータを北大に構築し(図5a),恒星モデルとして白色人工光源(中心波長680nm,波長幅150nm)を用いた室内実証実験を行った[3-4]。室内実証実験で得られた結果を図5,6に示す。
図5bは,打ち消し合う光波干渉で除去された恒星モデル像である。画像は,10-6から10-4を対数スケールで表示しており,恒星モデル像が強力に除去されていることが分かる。図5cは,恒星モデルからの角距離に対する光強度プロファイルである。恒星から角距離2.8λ/Dにおいて,およそ6×10-6のコントラストを達成した。恒星からの角距離2.8λ/Dは,10パーセク(32.6光年)遠方の恒星を想定すると,太陽‐地球間距離のおよそ4分の1に相当する(観測波長λ=1.2μm,望遠鏡口径D=30mを仮定)。
図6は,SPLINE干渉出力の安定性評価の結果である。赤線は図5cのピーク位置,緑線は2.8λ/Dでの強度変化を示している。測定開始から3時間後に,恒星モデル像をナル干渉状態から強め合う干渉状態へと切り替えた。図6の結果から,3時間にわたってナル干渉出力が極めて安定であることが分かる。
図5:白色人工光源を用いた4光波SPLINEの室内実証実験。(a)北大に構築した4光波SPLINEシミュレータ。(b)打ち消し合う光波干渉で除去さ
れた恒星モデル像と,(c)恒星モデルからの角距離に対する光強度プロファイル。
図6:SPLINE干渉出力の安定性評価。
4. 今後の展望
現在まで,提案するSPLINEの波長非依存性と高コントラスト,高安定性を実証している。しかしながら,室内実証実験の結果,恒星モデル光は完全に除去されず,残留光が観測されている(図5b)。この残留光は,SPLINEに入射する光波が光学素子により乱されてしまうことが原因と考えられる。これを解決するためには,残留光の電場情報(光波の振幅と位相)を計測し,その情報を元にSPLINEに入射する光の波面をフラットに補正する補償光学系が必要となる。我々は,SPLINEのコントラストをさらに高めるための補償光学系を提案している[5]。現在,提案する手法の室内実証実験を準備中である。今後は,補償光学系を含めたSPLINE全観測システムの実証実験により,10-8レベルの超高コントラストの実現を目標とする。最終的には,「第二の地球」の直接検出,および生命の痕跡の発見を目指した観測を推進したい[6]。
謝辞
本研究を遂行するにあたり,木田学武氏,馬場直志教授(北海道大学),松尾太郎准教授(京都大学),小谷隆行博士(国立天文台)をはじめ,多くの方々のご協力を頂いています。
参考文献
[1] M. Shao, J. Wallace, B. Levine, & D. Liu, "Visible nulling interferometer," Proc. SPIE, 5487, pp. 1296-1303 (2004)
[2] N. Murakami & N. Baba, "Common-path lateral-shearing nulling interferometry with a Savart plate for exoplanet detection," Opt. Lett., 35, pp. 3003-3005 (2010)
[3] N. Murakami, M. Kida, N. Baba, T. Matsuo, T. Kotani, H. Kawahara, Y. Fujii, & M. Tamura, "Development of the Savart-plate lateral-shearing interferometric nuller for exoplanet (SPLINE)," Proc. SPIE, 8446, 84468H (2012).
[4] 木田学武,村上尚史,馬場直志,松尾太郎,小谷隆行,田村元秀,河原創,藤井友香:「セグメント型望遠鏡のためのサバール板シヤリング・ナル干渉計の開発」,日本天文学会2012年秋季年会V224a
[5] 松尾太郎,村上尚史:「高コントラスト観測のための3次元波面測定装置の提案」,日本天文学会2012年秋季年会W59a
[6] T. Matsuo, T. Kotani, N. Murakami, H. Kawahara, Y. Fujii, M. Tamura, N. Baba, N. Narita, J. Minagawa, K. Takizawa, "Second-Earth imager for TMT (SEIT)," Proc. SPIE, 8446, 84461K (2012).