生命の材料物質を探る
生命は、物質的には分子の集合体と考えることができます。生命を構成するのに必要な元素の大部分は、太陽のような恒星の中で生成されたと考えられています。宇宙が誕生した瞬間には、宇宙空間には水素やヘリウムのような軽い元素しか存在しませんでしたが、恒星の中で原子が核融合反応をおこすことにより、炭素や酸素のようなより重たい原子が生成されました。このようにして生成された元素は、恒星の寿命がつきる際に、宇宙空間へ放出されます。放出された元素は、分子雲と呼ばれる宇宙空間で比較的密度の濃い領域に取り込まれ、その分子雲の中で我々の太陽系や系外惑星系のような惑星系が形成されたと考えられています。
2015年現在、分子雲中には170種を超える様々な分子種が見つかっていますが、その多くは数個の原子で構成される、小さな分子です。複雑な有機分子といわれる分子でも、せいぜい6-8個程度の原子で構成されるものがほとんどです。タンパク質の構成要素であるアミノ酸の中で最も単純なグリシンは10個の原子で構成されており、星間空間で見つかっている有機分子はグリシンよりもさらに単純な分子です。一方で太陽系内の隕石中には、グリシンよりも複雑なアミノ酸が多数見つかっています。また、NASAが行ったスターダストという彗星からのサンプル・リターンミッションで、彗星中にもグリシンが見つかりました。
我々のグループでは、分子雲中で見つかっているような小さな分子種から、太陽系内の天体で見つかっている複雑な有機分子がどのようにして生成されるかを研究しています。星間空間は一般的に低温のため、地球上のような温かい環境では進む気相化学反応でも、星間空間では活性化エネルギーの壁を超えることができず、反応が進まないことがよくあります。このような星間空間において複雑な有機分子を生成するには、星間塵表面反応が必要であると考えられています。低温下の気相中ではほとんど進まない化学反応が、星間空間の塵の表面を触媒として、効率よく進むのです。
この星間塵表面反応は、温度に非常に敏感です。ここで、惑星系の母胎である原始惑星系円盤の主な熱源は中心星からの放射であり、その温度は中心星からの距離によって決まります。従って円盤内では、中心星からの距離に応じて様々な星間塵表面反応が起きていると考えられます。太陽系を基準に考えた場合、海王星よりもさらに外側の低温領域(温度-260℃程度)では、星間塵表面で原子や分子に水素が付加する反応が進むと考えられます。これは、低温下では水素のような軽い元素しか効率よく塵表面を移動できず、他の原子や分子と反応できないためです。海王星付近の比較的温かな領域(温度-240℃程度)になると、やや重たい原子や分子も塵表面を移動できるようになります。一方で軽い水素は塵表面に留まることができず、気相へ脱離します。その結果、水素の含有率が少なめの分子も塵表面で生成されるようになります。小惑星帯付近のスノーラインの内側では星間塵を覆っていた氷(H2O)も気相に脱離し、塵表面には氷よりも気相へ脱離しにくい、大きな分子しか残らなくなると考えられます。(図1)
我々のグループでは、原始惑星系円盤内でおこる化学反応のモデル計算を行うことにより、どのような有機分子が円盤内のどのような領域で形成され得るかを調べています(図2)。南米チリの大型電波望遠鏡「アルマ」を用いて原始惑星系円盤内の有機分子からの放射を観測してこのモデル計算と比較することで、円盤内の塵表面反応を検証したり、さらには原始惑星系円盤から地球へどのように有機分子が持ち込まれ得たかを調べることができればと考えています。
野村英子(東京工業大学)