太陽系外惑星の新機軸:地球型惑星へ

文部科学省科学研究費補助金 新学術領域研究(研究領域提案型) 23年度~27年度

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スノーラインの外側で

 

宇宙雪氷学という言葉がある。これはNASAの惑星探査機ボイジャーが太陽系の外惑星の衛星を観測し、数々の印象的な写真を地球に送信して来た頃の1980年代にできた言葉である。木星の4つの大きな衛星,いわゆるガリレオ衛星は多様性に富んでいた。最も木星に近いイオは表面が硫黄で覆われており活火山が見つかるほど熱かったが、その外側のエウロパの表面は氷で覆われており、その氷は何とも奇妙でグローバルな断層で切り刻まれていた。さらに、その外側のガニメデ、カリストもその大部分が氷で作られた天体であることがすぐに観測で確認された。後のガリレオ探査機の観測で、エウロパの内部には海(内海)があることが明らかになり、ガニメデも内海の存在が議論されている。このように太陽から遠い木星以遠は、岩石に変わって氷が地面を作る氷の世界であり、地球で発展した雪氷学という研究分野の新天地であると思われた。そこで、これらの氷衛星は地球の氷河、氷床、氷の流動則などを応用して研究が進められてきた。
 一方、太陽系形成論にはスノーラインという言葉が出てくる。これは,原始太陽系星雲において、水蒸気が氷として凝結できる領域の境を表す言葉である。このスノーラインは、現在の小惑星帯付近にあったとも言われており、それより外側にある木星領域では氷がふんだんにあり、これが氷衛星が作られた最も重要な理由である。現在でもこのスノーライン以遠の天体は、巨大惑星を除けば、すべて氷を主構成物質としており、岩石や金属の存在率は氷の半分以下となっている。系外惑星系の観測においてもスノーラインはその構造を特徴づける重要な境界であるので、今後、ますますその観測は進んでくると思われる。そして、観測されたスノーラインの外側にはきっと我々の太陽系と同じように氷の世界が広がっているに違いない。
 我々の研究グループは、このようなスノーライン以遠の氷の世界を実験室に再現して、氷天体の起源や進化に関わる研究を行っている。すなわち最初に紹介した宇宙雪氷学の研究グループである。我々は、この新学術領域研究で氷を用いた再現実験を行うために非常に強力な手段となる低温室を導入することができた(図1)。

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低温室をもう少し詳しく説明すれば、常時、-15℃に冷やしたプレハブ部屋で人が2名程度入って作業できる実験スペースのことである。この低温室で防寒服を着て氷と伴に冷やされながら実験を行うというのがこのグループの作法である。でも、なぜ、試料である氷だけでなく人まで冷えて実験する必要があるのか。これには幾つかの理由がある.。
 我々のグループでは氷天体の衝突を再現する衝突実験を行っているが、この実験には比較的大きな氷試料を必要とする。特に、クレーター形成実験においては、10kg以上の大きな氷ブロックを使うこともある。小さな試料であれば局所的に冷やすことも可能であるが、これほど大きな試料を冷凍機などで局所的に冷やすのは効率が悪い。次に、衝突実験の重要なプロダクトである衝突破片の回収に関する問題である。衝突破片のサイズ個数分布は、べき乗分布になると良く言われるがこの分布を正確に調べるには細かい破片まで回収する必要がある。一方衝突実験では,実験後に衝突破片はチャンバー内に飛散し,チャンバーが常温だとすぐに破片は融けて水になってしまう。そのため氷の衝突実験では、衝突破片を調べることはできなかった。この問題を解決する一番簡単な方法はチャンバーを低温室に入れることである。そこで我々のグループでは衝突実験用の真空チャンバーを低温室に設置して、氷の破片が飛び散っても細かい破片まで固体のまま回収できるようにしている.最後は,計測の問題である.破片一つ一つの質量を計測したり、細かい破片の個数を数えることは、常温の部屋ではすぐに破片が融けてしまい不可能である。このような計測は、人が低温室の中に入ってしかできない。以上の理由により、我々は氷の衝突実験のため低温室を導入し、その中に衝突実験用の真空チャンバーを設置している(図1)。

 

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 このような低温室で行った衝突実験の例を紹介する。図2は氷球同士の衝突を高速ビデオカメラで撮影したものである。83m/sの相対速度で3cmの氷球同士が衝突しており、衝突後すぐに衝突点付近から無数のクラックが発生して氷球全体を覆っているのがわかる。粉々に破砕された氷球は、衝突面から水平方向に高速度の小破片を吹き出しながら、全体的には潰れて一体化するように見える。しかしながら、最終的には、ほとんどの破片は衝突方向と直角な方向へと吹き飛ばされている。このように破壊が介在するような衝突現象の再現は、数値シミュレーションでは未だに開発段階であり、実験によりそのメカニズムを明らかにして、モデルの改良を図る必要がある。我々はこのような低温室での衝突実験を通して、衝突破壊やクレーター形成の物理的素過程を明らかにして行く予定である。そして、その結果を惑星衝突の数値モデルに還元することにより、惑星形成過程や系外惑星系における天体衝突過程に寄与できたらと考えている。

荒川政彦(神戸大学)