太陽系外惑星の新機軸:地球型惑星へ

文部科学省科学研究費補助金 新学術領域研究(研究領域提案型) 23年度~27年度

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地球に酸素が生まれた日

 空気のような、という言葉がある。“日頃はその存在に気を留めないが、無くてはならない大切な”といった意味であろうか。インターネットの辞書を調べると、“いてもいなくても同じような・存在感の無い”というネガティブな意味が並ぶが、最近では“生きていく上で必要不可欠な”というポジティブなニュアンスも追加されているようだ。「あなたは私にとって空気のような存在」というセリフは、どちらの意味でつかわれているのかを正しく理解しなければ、あとでとんでもなく痛い目をみそうである。
 さて、確かに空気は、我々が生きていく上で必要不可欠なものの1つであろう。空気とは地球大気の最下層を構成している気体のことであり、化学的には主として窒素と酸素からなる。我々は空気に含まれる酸素を使って呼吸することで生命活動のためのエネルギーを得ており、この意味で我々にとって無くてはならない空気とはすなわち酸素のことに他ならない。しかし、この“空気のような存在”である酸素も、46億年という地球史スケールでみると、大気の主成分となったのは比較的最近のことであるといったら、皆さんは驚かれるだろうか。
 大気中の酸素は、藍藻(シアノバクテリア)や植物プランクトンのような酸素発生型光合成生物によって生み出される。したがって、これら生命が誕生する以前の地球には、当然酸素はなかった。実際、さまざまな地質的証拠から地球大気に酸素が登場したのは今から23~20億年前とされる(図1)。つまり、地球史の前半には、酸素は大気中にほとんど存在しなかったのである。23~20億年前に上昇した大気酸素濃度は、現在の1/100程度のレベルでいったん安定する。そして、酸素が今のような大気の20%を占める主成分となったのは、2度目のジャンプが起きた6~5億年前以降である。地球の歴史を1年と換算し、その誕生を1月1日、現在を12月31日とすれば、それは11月も中旬を過ぎてのことである。

 

 

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 では、なぜ大気中の酸素濃度は、このようにある時期に急激に増加したのだろうか?単純に考えると、23~20億年前に酸素を作る光合成生物が誕生したからではないかと思うが、そう易い話でもないらしい。地質記録を見ると、シアノバクテリアのような原始的な酸素発生型光合成生物は、少なくとも27億年前には誕生していたようだ。酸素を発生する生物が誕生していたにもかかわらず、なぜ23億年以前に酸素は大気に溜まらなかったのか?なぜ23億年前と6億年前に、酸素濃度は急上昇したのだろうか?
 実は、大気中の酸素濃度は、酸素を発生する生命の活動だけでは決まらない。大気や海洋に放出された酸素を消費する、還元的な物質(二価鉄やメタンなど)の供給とのバランスが肝心なのである。収入が同じでも支出が異なれば、毎月溜まる貯金額が異なるのと同じ理屈である。さらに、多くの研究者は、生成される酸素量と消費される酸素量がバランスしていても、異なる大気酸素濃度を取りうるのではないかとも考えている。たとえると、同じ収入の2人が、一方が燃費はよいが広い家に住み、もう一方が燃費は悪いが狭い家に住み、どちらも同じ支出になっているような状態である。両者の収入と支出は全く同じでも、見かけ上異なる状態を取っているのである。
 このような状態を一般的に多重安定状態と呼び、地球だけでなく鉱物の結晶や連鎖化学反応、生物生態系、あるいは脳内のニューロンネットワークなど、複雑系一般に内在していると考えられている。地球の場合も、長期的に見れば太陽から一定のエネルギーを受け取り、表層で酸素の発生と消費がバランスした安定状態を保っている。しかし、現在見られる安定状態は、多くの安定状態の内の1つでしかなく、何か外因的な大きな擾乱が起きた時に、ある安定状態から別の安定状態に移り変わることも起きるのである(図2)。つまり、地球史を通じた酸素濃度の安定な時期と急激な上昇は、多重安定状態とその遷移と理解することができる。

 

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 地球大気の酸素の場合、このような安定状態の遷移を引き起こした原因は一体何であろうか?現在、これに対する明確な答えは得られていないが、我々の研究グループは、全球凍結がその原因ではないかと考えている。全球凍結とは、文字通り地球全体が凍りつく地質イベントであり、地球史において23~22億年前と7~6億年前に起きたとされる。凍結状態を脱するためには、大量の二酸化炭素が大気中に蓄積する必要があり、その結果、凍結直後の地球は一時的に超温暖状態となる。このような超温室状態では、シアノバクテリアの活動が極めて活発になり、大量の酸素が放出される。このような極端な気候変動とそれに伴う酸素放出により、多重安定状態間の遷移が起きたのかもしれない。たとえれば、前述の燃費は悪いが狭い家に住んでいた人が、宝くじに当たって、燃費の良い広い家に引っ越したようなものである。もちろん、引越しの前後で、収入と支出という境界条件は変わらない。
 もしそうであれば、全球凍結のような一見生命を根絶やしにするような気候大変動が、多様な生命に溢れるために不可欠な酸素大気の形成に本質的な役割を果たしたのかもしれない。さらに、現在の20%という酸素濃度の安定状態は、今後、別の安定状態に遷移することもあるのかもしれない。これらの疑問に対して答えを得る1つの方法は、太陽系外の地球型惑星の観測であろう。第2、第3の地球たちが太陽系外に見つかり、大気中の酸素濃度の多様性や普遍性が理解できれば、我々は“空気のような”酸素大気の存在を、もっとありがたく感じることができるのかもしれない。

 

関根 康人(東京大学)